大学発ジャーナルはダイヤモンド! 「紀要」が世界の最先端(質疑応答・コメントつき)

研究者の歩きかたセミナー「大学発ジャーナルのDXに向けた連続セミナー(1)」2024/05/30
https://kiyo.cseas.kyoto-u.ac.jp/2024/06/seminar2024-05-30/

〈講演〉
大学発ジャーナルはダイヤモンド! 「紀要」が世界の最先端
前田 隼
(北海道大学附属図書館)

今日の発表では、1)ダイヤモンドオープンアクセス(OA)に関する論のまとめ、2)ダイヤモンドOAの国際会議、Global Summit on Diamond Open Access 2023の内容紹介、3)北海道大学の機関出版例の紹介、4)私見について話していきたいと思います。

本題に入る前に自己紹介をさせていただきます。オープンアクセスに関連した経験では、論文掲載料、APC(Article Processing Charge)として、北海道大学の博士課程在学中の2014年にWileyに20万円払いました。といっても、研究室の先生が払ってくれたものです。2015年にはSpringerに20万円払わなければならないはずが、invited扱いになりゼロ円で済みました。2015年3月に大学院を修了して、4月に北海道大学附属図書館事務職員となりました。2016年にはWileyに私の給料から自腹で10万円払いました。調べてみたところ、2024年5月の価格は45万円に上がっていました。APCを支払ってきた一方で、数えきれないほど引き受けてきた査読はすべてボランティアです。そんな私のスタンスですが、オープンアクセスの熱狂的推進者というわけではなく、必要な手段が必要な時に必要な人に選択してもらえればよいと思っています。また、研究者の業績評価を考慮しないオープンアクセス推進は効果が薄い、とくにSTEM分野での推進は現状では難しいと考えています。

オープンアクセスの現状
[オープンアクセスの種類]オープンアクセスの種類は三つに分けられています。APC不要でオープンになるダイヤモンド、APCを支払ってオープンにするゴールド、著者最終稿等をリポジトリに登録するグリーンです。

[高騰するAPC]ゴールドオープンアクセスのために支払うAPCは高騰しています。Morrison et al. 2022によると、1論文の平均APCは2011年の904ドルから2021年には1,626ドルに上がっています。

[即時OA]その一方で、研究助成を受ける条件として、世界的に即時OA、出版と同時に論文等をインターネットで公開することが求められるようになっています。日本でも最近、2025年度新規公募開始分の競争的研究費の受給者に、論文とその根拠データの即時OAを義務づける国の方針が発表されました。アメリカではOSTP memo、イギリスではUKRI、ヨーロッパではHorizon Europeが即時OAの方針を打ち出しています。

[OAの潮流?]OAの潮流が来ているようにもみえますが、ゴールドOAには、APCが高いという問題があります。グリーンOAは、論文の出版に合わせて機関リポジトリへも登録する手間がかかります。インパクトファクター(IF)よりも論文数という考え方をする場合は、投稿先の決定に際して、APCが安ければハイブリッドジャーナルでいいとなったりして、オープンアクセスの波が来ているともなかなか言えません。これは主に理系の話です。

[大学発のジャーナル]では、文系はどうなんだろうというのが今日の話で、キーワードとして「大学発のジャーナル」があります。紀要がその代表的なものです。紀要という言葉が付いていないものもたくさんあります。年報などですね。年報でも紀要でもない独自のタイトルを冠しているものもあります。大学などの機関が発行している論文集をここでは紀要と呼びたいと思います。読者と著者に購読料も出版費用もかからない場合は、出版の方式の視点から見ると、その紀要はダイヤモンドOA出版と理解できます。

ダイヤモンドOA——特徴・利点・課題——
[定義]そのダイヤモンドOAの特徴や利点、課題を説明します。ここで定義をしておきます。ダイヤモンドオープンアクセスとは、「著者にも読者にも料金を請求することなく、研究成果をオープンに利用できるコミュニケーションモデルのこと」とします。実はダイヤモンドOAには確固たる定義がないので、ここで皆さんの認識を合わせておきたいなと思います。

[特徴]こちらに、西川2023を引用しています。原典はBosman et al. 2021です。赤線部の一つ目、APC型のゴールドOA誌と比べて、ダイヤモンドOA誌には人文学・社会科学分野のものが多い。二つ目、ダイヤモンドOA誌は英語で書かれているものが相対的に少なく、かつ複数の言語で書かれているものが多い。三つ目、ダイアモンドOA誌の著者は当該ジャーナルの出版国出身が多い傾向にあるが、ダイヤモンドOA誌の主な読者層は自国内に限定されず、国外からも多く読まれる傾向にある。どうでしょうか、これは紀要にあてはまるんじゃないでしょうか。

[ブランディング]では、ダイヤモンドOAとわざわざ言うのはなぜなのか、Simard et al. 2024が書いています。赤線のところですけども、読者にも著者にも費用がかからないモデルは昔から存在していた。ただ、最近になってオープンアクセスを推薦する人たちから、ダイヤモンドOAとして改めてブランディングされるようになった、と。つまり、紀要という一つの変わらないものに対して、最先端のダイヤモンドOAだという理解の仕方が増えて見方が変わった状況にあります。

[単行書への広がり]ダイヤモンドOAは、論文に限らずに、今では人文学・社会科学系では単行書も対象になっています。

[EU]ヨーロッパに目を向けてみると、2023年5月にEU Councilで、著者がお金を払うのはおかしい、非営利の学術コミュニケーションモデルが支持されるべきだと結論づけられています。これを受けて、ヨーロッパでは非営利で学術界主導、つまり商業出版に頼らないOA出版を加速する動きが一部で出てきています。

[特徴と課題]ダイヤモンドOAジャーナルの特徴は、小規模であること、多言語であること、世界中に散在していることです。これを結びつけて大きな力にする必要があるとヨーロッパやアメリカでは言われています。キーワードとして、平等である(equity)、透明性が高い(transparency)、持続可能である(sustainability)、コミュニティ主導である(community-led)などと言われています。

[投稿先の選定]では、投稿先のジャーナルの選定で何が条件として優先されるのか。オープンアクセスなのか、ハイブリッドなのか、クローズなのかといった出版方式で選ばれるのか、それとも業績評価を意識して選ばれるのか、あるいは出版費用を意識して選ばれるのか、何が一番のファクターなのかを考える必要があります。

[インデックス]ダイヤモンドOA誌はScopusやWeb of Scienceに掲載されていない場合が多く、それが発見性の低さとしてよく議論されます。ただ、私は、著者や読者が本当にScopusやWeb of Scienceで読む論文や投稿する雑誌を検索するんだろうかと疑問に思っています。もっと問題になるのは、Citation Index、被引用回数です。インデックスの計算はWeb of Scienceベースでやってくださいなどと求人などに書いてあって、そういうところの方が問題になるんじゃないのかなと思っています。これは主に理系での話です。

[研究者評価]こういったことは他の方も言っていて、3月に西川さんが、研究者評価について、評価方法は研究者の行動を制約すると書いていますが、全くその通りだと思います。IFを高いところを重視するとフルOAを回避したり、引用回数重視するとオープンアクセスの雑誌を選んだり。評価はジャーナルを選ぶ際の上流にあるもので、それが影響を与えているのだろうと思います。

[選択の可能性]暗い話の流れになってしまいましたが、もしScopusもWeb of Scienceも使わず、Citation Indexを計算する必要もなく、かつジャーナルのIFを気にすることがなければどうでしょうか。そうすると、ダイヤモンドOAという出版方式はすごく有効だろうと思います。

[素地]素地が大事だと思います。例えば、高エネルギー物理学という理系の分野があります。この分野では、主にアーカイヴ(arXiv)というプレプリント(preprint)で研究成果を発表していくオープンアクセスの文化が強く根づいています。この分野の人たちに、「なんでこんなに進んでるの?」と理由を聞くと、「別に進んでないよ、もとからこうだったんだ」と言うんです。同じように、文系の方に、「なんで紀要文化なんですか?」と聞くと、「もとからこういうもんだった」ってきっと答えると思うんです。出版形態という切り口で見ると、紀要文化はダイヤモンドオープンアクセスといえますが、もともとそうだったというのは強みだと思います。

[広める]素地のないところにダイヤモンドOAという出版形式をアピールして広めようとしても難しいことが多いと思うんです。でも、素地が整っているところで、ダイヤモンドOAという新しい見方があって、それが紀要の強みなんだと理解してもらえれば、紀要のブランディングとして広まっていく可能性があると思います。

[日本の外]日本の外では、ユネスコ(UNESCO)が推進をしています。ダイヤモンドOAという言葉は使っていないんですけども、オープンなインフラによるコミュニティー主導の出版をエクイティーの名の下、APCを課さない出版をしてくださいと言っています。ユネスコの人たちと話をすると、エクイティーという言葉が本当によく出てきます。インフラはオープンソースを使うのが主流です。また、ヨーロッパを中心に、国レベルのキャパシティーセンターという出版を補助する組織を立てようという動きがあります。世界どこでも共通なのが資金の問題で、タダで出版できませんので、費用をどうしようかといつも議論になるところです。

ダイヤモンドOAの国際会議Global Summit on Diamond Open Access 2023
[国際会議]これは昨年のメキシコで開催されたダイヤモンドオープンアクセスに関する国際会議(Global Summit on Diamond Open Access 2023)の様子です。右上の写真にあるように、スタンディングオベーションで、これから盛り上がっていくぞという熱気が漂う、そんな会議でした。

[背景]会議では、背景にある考えや想いを皆さんが熱く語っていました。日本とも通じるものをピックアップしたいと思います。この壇上の中央の方が話していたことです。彼女の大学では二人の職員で95のジャーナルの出版の補助をしている。それは通常業務の傍らにやっている。かつ、基本的に図書館自体で持っている予算はほぼないので、かつかつでやっている。外部からの資金獲得をしないと機関出版はやっていけない、と言っていました。日本の紀要でも、現物支給や目に見えない労働力を使って機関出版が行われているので、同じ問題を抱えているのかもしれない。問題と言わなくても同じことをしているのではないかなと思います。学部に紀要編集委員会があって、学内業務の一環として教員の方たちがやったりしていると思うので。彼女は、目に見えない労働(invisible labor)をlabor of loveといい、愛があるからやっているんだよ、でも、we have to stop doing this これをやめないといけない、と言っていました。

[資金問題]それから、お金の問題は深刻というか、きちんと考えないと持続性がないものになってしまうので、問題意識が一番高いといってもいいところだと思います。補助金なしであなたのところのジャーナルはどれくらいこれからやっていけるか、その期間を尋ねたアンケートなんですけれども、more than a year、1年以上はやっていけるが45%。残りの55%はless than a year、1年以内にはもうやっていけないと。1か月以内にだめになってしまうところも20%弱あります。ダイヤモンドOAで出版する費用が大きな問題になると、州や国をスイッチしているようです。米国内でも州によって費用が違ったりするそうです。国によってももちろん違いますので、米国でやっていけなくなったら、英国に移って、英国でやっていけなくなったら、インドに移って、労働力の安いところで編集を行う。場所を移して持続させているジャーナルがあるという報告がありました。

[インフラと資金の統合]ということで、インフラと資金がすごく課題になっているんですけれども、統合することで強くなれると議論されています。

[散在の問題]どういうことかというと、ダイヤモンドOA誌は、日本の紀要をイメージいただいてもいいんですけども、数がとても多くて、各機関や研究機関に散らばっています。だから、助成機関(fund)がいくらお金を持っていても、各ダイヤモンドOA誌に援助すると、一つあたりの額が小さくなってしまいます。ですので、ダイヤモンドOAに関するジャーナルの団体を一つにまとめて、資金援助が小さく分散することが避けられる組織を作ることを考えているそうです。同様に、団体や活動、イニシアティブがたくさんあって、スピードや考えもバラバラで、このままでは出版社の動きに付いていけないんじゃないかということも問題として挙げられていました。

[ガバナンス]だから解決策として、それぞれが動くんじゃなくて、統合しようよ、と。

[統合構想]じゃあどうやってその組織を作って運用するのか、その構想として挙げられていたのが、ダイヤモンドジャーナルズ(diamond journals)とダイヤモンドキャパシティーセンター(diamond capacity centers)で役割分担をすることです。ダイヤモンドジャーナルズは、紀要の編集委員会にあたるものです。学術コミュニティ主導になります。ダイヤモンドキャパシティセンターは、タイプセッティング(組版)や著作権管理など編集の補助をするところです。国レベル、ローカルな機関レベルあるいは分野レベルものです。コミュニティとキャパシティセンターが両輪になってダイヤモンドOA誌を発行していけばいいんじゃないかと。リージョナルレベルでは、キャパシティハブがキャパシティセンターの資金や人員をやりくりする。グローバルレベルでは、ダイヤモンドフェデレーションがリージョンの統括をする。そういう組織立てで一つにしようとしています。

[役割分担]これはそれぞれが何をするかを表しています。ダイヤモンドキャパシティセンターがやることは、紀要の編集をするときに図書館が関わっていることかもしれません。

[紀要との相似]これを日本にあてはめてみると、紀要の編集委員会がコミュニティです。図書館が関わって編集などの補助をしている場合は、北海道大学にも一つそういう例がありますが、キャパシティセンターに当たる部分がすでに動いていることになります。そういう場合は、紀要がコミュニティレベル、機関レベルのダイヤモンドOAを実現していると言っても過言ではないと思います。

機関出版による日本でのダイヤモンドオープンアクセスの可能性
[機関出版]日本の話に移っていきたいと思います。機関出版は、大学や研究機関が出版を行うので、信頼性が高いという強みがあります。また、資金の問題と労働力の問題をクリアできれば持続可能性が高い。一方で、機関出版が受け入れられるかは分野によるので、そこを見極める必要があります。逆に言うと、人文社会系に受け入れの素地があるのであれば、機関出版という一歩がうまくいく可能性が高くなります。

[研究者と図書館の協働]研究者と図書館が共同して機関出版することもできるんじゃないでしょうか。研究者がダイヤモンドジャーナルのコミュニティの部分になって、図書館がダイヤモンドキャパシティセンターのような部分になっているイメージです。

[マニュアル化]機関出版する際に図書館が力になるためには、何をやるか明文化をして明確なマニュアルにしておくのが一つの鍵になります。既存の図書館業務とは異なる面があるうえに、職員は異動するので、誰がきてもできるようなマニュアルを作る必要があります。そこをクリアすれば、図書館との協働で機関出版ができると思います。

[JJVRの例]ダイヤモンドオープンアクセスではないんですけども、北海道大学の図書館と共同でやっている機関出版の例を一つ挙げたいと思います。JJVR(Japanese Journal of Veterinary Research)という獣医学の国際誌です。今回獣医学部の方にいろいろ聞いて教えてもらったことをお伝えしたいと思います。収入としては、獣医学研究院から予算を得ています。ダイヤモンドOAではなく、著者からも掲載料をいただいています。支出は、PDFを作る、校正する、J-STAGEに載せるなどにかかる費用です。課題は、掲載料と出版経費をバランスさせるのが難しいのと、学外からの支払いは暦年配分なので年度内の収支均衡コントロールが難しいことであるとおっしゃっていました。注目したいのは、査読者を見つけるのが大変で、査読のインセンティブを検討する必要があるところです。また、ダイヤモンドOAにも通じますけども、可視性、発見性、あるいは有名になりたいという意味でプレゼンスを維持するのが課題ですとおっしゃっていました。図書館の担当業務としては、ここに書いているようなことをやっています。こういうふうに、コミュニティーとダイヤモンドキャパシティーセンターにあたるものが日本では動いている例があると言っても過言ではありません。

[ブランディング]せっかくなので雑誌を魅力あるものにしたいですよね。ダイヤモンドOA出版は、読むのも投稿するのも無料です。紀要はずっとそうだったよと言われるかもしれないんですけれども、それ自体売りになるんだよと改めてここで強調できると思います。そして、認知度が高い方が売りが強くなるだろうと。何をもって高い認知度というか難しいところですけれども、その分野でよく知られている紀要は「ダイヤモンドOAです」とブランディングするチャンスかなと。それから、著者への統計のフィードバックです。文系では被引用回数はあまり気にしないところが多いのかなと思うんですけども、統計のフィードバックが著者にとってのメリットになるなら、それも売りになる。ダイヤモンドオープンアクセスジャーナルのデータベースへの登録もあります。いくつかの条件を満たしたジャーナルが登録されるので、ホワイトリストといいますか、きちんとしたジャーナルのリストとしてそこに載る意味もあるかと。ただ、いくつか満たさないといけない要件があるので、そのためにどれだけコストをかけるかももちろん考えないといけないと思います。

[質とコストのバランス]今日司会をしていただいている設楽さんが2022年におっしゃっていたことですけども、掲載論文の質をどこまで高めるか、著者や読者にどこまでサービスを提供するか、対価の支払われない労働にどの程度まで依存するかによってコストが変わってきます。そこをきちんと考えたうえでやっていくと。そうすることで、ジャーナルの評価や持続可能性が担保されていくので、ここのバランスは重要だろうと私も思います。

[必要性と現実性]ダイヤモンドOAは読むのも投稿するのも無料でいい流れではあるんですけども、立ち止まって考えないといけないのは、コミュニティ主体のダイヤモンドOAが日本で必要なのか、機能するのかです。西川さんが言っていたことでもありますね。日本の研究者コミュニティや図書館コミュニティに機関出版をやっていく暇と元気があるのか、立ち止まって考えないといけないなと私も思います。皆さんはどう考えますか?

[理系は困難]それから、理系の分野でダイヤモンドOAをやろうとしても前途多難だと思っています。査読やプレプリントやオープンレビューから流れが変わる可能性はあるんじゃないかとは思いますが、今のところそんな感じはしないなと思っています。

[リポジトリ]ダイヤモンドオープンアクセスによる出版、機関出版、図書館との協働は人文社会系ですごく可能性があると思います。もっと言うと、紀要とリポジトリを合わせるといいんじゃないか。これは私が今回最後に言いたいことなんです。紀要は論文集なので、もちろんリポジトリで出版することができます。即時OAが話題になっていますが、リポジトリにはデータも登録できます。リポジトリを出版プラットフォームと研究データの格納場所として使うことで、機関出版を越えて、データの保存も同時にしちゃえばいいんじゃないかと思っています。そうすると、CiNii Researchなどで紀要、論文、データ、科研のデータが全部紐づいて検索可能になります。人文社会系の人たちはCiNii Researchをよく使いますので、有効な考えのひとつかもしれないなと思います。ただし、データの取り扱いは、おそらく理系よりも人文社会系の方がハードルが高いと思います。人に関するデータなどを不用意に登録できないとか、メタデータをどういうふうに入れるかとか、データを取った人がもういないとか、いろいろ問題があると思います。ハードルがなくはないんですけど、紀要として淡々とやってきたもの+αにすると、さらに独自の進化を遂げられるんじゃないかなと思います。

[最先端へ]欧米ではダイヤモンドオープンアクセスに関して2022年から3、4年ぐらいDIAMASという大きな取り組みが行われているんですが、日本でも紀要を発行しているし、こうやってどうしようかという話をしているわけです。例えば紀要とデータの即時OAが実現できれば、DIAMASの人たちが最先端として出したものより、紀要がさらに先をいっていたとなるかもしれません。日本は強みを活かして、人文社会学系に分野を絞ったうえで、強みを見つけて進化すれば、世界の最先端を走れるんじゃないかなと思います。

[流れを読み舵を取る]最後なんですけど、流れを読んで舵を取ることが大事です。今日は雑駁な話でしたが、たくさんの流れがあることがおわかりいただけたと思いますし、世界の流れやそこから見た日本の紀要という視点もきっとおわかりいただけたと思います。この先、紀要として淡々としていくのか、それともダイヤモンドOAとしてブランディングをして強みをつけていくのか、はたまたデータ保存と組み合わせて世界最先端を行くのか。そんなポテンシャルや選択肢がある中で、どの方向に行きたいのか、どうしたいのか、紀要の今後を考えてみる、そういうきっかけにしていただけたらいいなと思っています。
私の話は以上です。どうもありがとうございました。

〈質疑応答・コメント〉
利用統計の利用
設楽(司会):前田さま、どうもありがとうございました。気が付けば日本の紀要は世界の最先端だったというお話を、ダイヤモンドオープンアクセスの世界での初めてのサミットにも参加された前田さんからお聞かせいただいて、とても勉強になりました。
事前に質問をいただいておりますので、そちらを伺わせていただきたいと思います。一つ目の質問です。紀要の利用統計、利用数を研究者と図書館チームはどのように利用されていますか? 差し支えなければ参考にさせていただきたい、ということです。

前田:紀要の実務を担当したことがなくてほとんどわからないのが正直なところです。ただ、リポジトリを通じて公開しているものは図書館側で統計を見ることができるので、ダウンロード数のランキングを出している機関は多いと思います。設楽さん、補足あればお願いします。

設楽:事前に質問をいただいておりましたので、知り合いの研究者の方2名にお聞きしてみました。たまたまかもしれませんが、利用統計はあまり利用していないというお答えが返ってきました。その理由を聞いてみたところ、お一人は、利用の仕方がよくわからない、利用を促す際にどういう利用の仕方があるのかを図書館から解説いただけるとありがたいということでした。それから、カウンターがある段階でリセットされてしまって合計数がわからなくなってしまった、こういったことが起きないような体制を作ってほしいという要望もありました。また、タイトルがキャッチーならダウンロードされる数が多いと実感しているそうです。もう一方の先生は、Google ScholarやResearchGateでどのように使われているか確認しているということでした。
利用の仕方も図書館の方から教えていただけると研究者としてはありがたいのではないかというのが私からの回答です。

被引用のデータ
設楽:次の質問です。紀要の他の学術誌への被引用についてデータ収集をされていますか、されているならどのように行っていますか、研究者から問い合わせはありますか?

前田:被引用も私が実務に関わっていないところで、周りに聞いてみたという程度なんですが、他の雑誌に引用されているかどうかわからない部分が多いという方がいらっしゃいました。図書館で利用しているかどうかも回答が難しく、みなさんの機関でそういうところがあるのかお尋ねしたいところです。

DOAJへの登録
設楽:最後の事前質問です。発行業務の支援を行う図書館員としては、ダイヤモンドOA誌としての紀要の地位を高めていきたいとの思いがあります。一方で、DOAJの収録などで学術雑誌としての評価を高めようとすると、スコープの明確化や査読の厳格化が求められて、学術的多様性や編集の迅速さといった紀要の利点を損なうことになるのではという危惧も抱いています。この点についてどのようにお考えでしょうか?

前田:やはりバランスだと思います。DOAJに登録するための要件を満たそうとして、今までうまく回っていたものが回らなくなるのであれば、どっちを取るかだと思うんですね。DOAJに載ることがブランディングとして意味があるなら、乗り越えていく必要があると思うんですけども、本当にそういうデータベースやリストに載ることが必要なのかどうかはあると思います。DOAJの要件リストがありますけども、ああいうものをチェックリスト的に使って、自分の紀要はこれを満たせていないからここを良くしていこうとか、そういうふうにして中身を向上させていく、実際にそれを変えていくことが大事かもしれないですね。何か補足あれば、設楽さんの方からお願いします。

設楽:私も前田さんと同じ考えで、紀要をどのように位置づけられるのか編集委員の方の考えを汲み取ったうえで、どこを目指していくかによって、ここは変わってくると思います。
DOAJの収録要件については、現場の意見等を聞いて見直されることもあるようです。日本の紀要の現場からも、こういうところが収録要件として厳しすぎて実情と合ってないという意見があれば、日本からの声としてDOAJに届けることも私たちアンバサダーの役割と考えていますので、ご意見いただければと思います。

キャパシティーセンターとしての図書館
設楽:私からの質問です。私は機関誌の裏方を10年来担当してきました。データベースへの登録やポリシーの策定、著作権に絡む問題といったことを一つ一つ編集委員会で調べながら対応してきました。時間がかかってなかなか大変でしたが、これをいろいろな紀要、機関誌のそれぞれの事務局がやってらっしゃると思うんですね。北米などの大学図書館では、ライブラリー・パブリッシングといった活動の中で、パッケージとしてこういったサービスを提供して出版をサポートしていくことも盛んに行われていると思います。
キャパシティセンターを図書館が担っていけるのではないかという前田さんのご意見を伺うと、図書館がより深く出版の編集の現場に入り込んで図書館出版が始まり、進んでいくのではないかと、一編集者としてすごく期待しています。もしこういった取り組みが進んでいくとしたら、取り組みを始める一歩として、図書館は、例えば学内でどこかと連携するとか、どういったことから始めるのがよいか、前田さんのご意見伺えるとありがたいなと思います。

前田:図書館も実はいろんなことをやっていて、リポジトリ関係の著作権周りのことをよくわかっています。一方で、お金を持っていないので、大学の機関出版の費用はどこが持つのかとなるわけですね。例えば研究推進部だとか、他の部署と連携をする必要があります。あとは、本当に図書館員がやらないといけないのかいうと、そうでもないと私は思っているんです。マニュアル化ができれば、学生さんに図書館にきてもらって作業を担ってもらうこともできると思うんですね。図書館に負荷が大きくかかるわけではないやり方があると思うんです。学生に、図書館で働くというより、学術出版に関わってもらう。お金のところは研究推進、技術周りは図書館の職員、作業周りは学生というふうにすると、ある一つの機関の中ではうまくいくかもしれないと思います。
それから、個々の機関で個々の編集者や編集委員会がやっていることをいかにまとめられるかは、日本全体として考えていくといいのかなと思っています。全国の図書館員の団体を参考にして、大学機関出版に関わる団体を作って、リポジトリ周りや電子ジャーナル周りをまとめて処理する。リモートワークで権利関係の処理は別のチームにやってもらう、これらのチームには複数の大学から人が出てきてくれているというふうに。全国に散らばっていてもバーチャルな組織ができれば、日本という一つの大きなレベルで大学の機関出版になる、そういうキャパシティーセンター的なものが実現できるんじゃないかと思っています。ヨーロッパも仮想的にオンラインで繋がってやろうということなので、たぶんできると思うんです。

研究者の関わり
設楽:私にとっては夢が広がる話で、みなさんにとってもそうであったら嬉しいなと思いながらお聞きしました。
チャットに届いた質問です。リポジトリ登録担当者です。OA化してリポジトリを事実上の出版プラットフォームにしている学内紀要は、本学ではすでに複数タイトル存在しています。スライド45にある即時OAで求められる内容をリポジトリでカバーすることは、今後のリポジトリ担当者が求められる実務と想定しておりますが、研究者をどう巻き込むのかという視点が必要なのかと考えており、そこに課題が大きく横たわっていると考えています。

前田:おっしゃる通りで、即時OAの当事者は誰かというと、図書館ではないんです。それは研究者なので、研究者が即時OAを履行していくのが重要なわけです。私はそれに対してはドライな考え方をしていて、図書館側はあくまでも受け皿になっていればいいと。必要な人がデータをここに入れたいというときに、なるべく時間と手間をかけず登録してもらえる状況を作っておけば、それでいいと思っています。選択される側であるというのを維持していいのかなと思います。
もちろん、大学全体としては、即時OAの履行が今何パーセントだとか、いろいろあるんですよね。順位づけをされてしまうので、事務方としてもなるべく履行しないといけないというのはそうだと思うんですけど。ただ一方で、全ての研究者にここでこんなことができますともなかなか言いづらい。整えておけばいいのかなと思います。

「紀要」という言葉
設楽:質問があと二つあります。紀要がダイヤモンドOAとしてブランディングしていく場合、紀要という言葉は残すことができるでしょうか? ちなみに紀要の命名はどういう経緯でつけられたものでしょうか?

前田:紀要の命名の経緯はわかりませんが、紀要という名前は残したほうがいいんじゃないですかね。Kiyou(紀要)って呼ばれれば、ジャパンだって世界の中で認知されると思うので、紀要という名前、私はぜひ残すほうがいいんじゃないかと思います。

設楽:ローマ字でkiyouと書いて、日本の学術誌について論じている論文も英語でいくつか発表されていると思います。ぜひ残していきたいところですね。

補足:参加者の方より、以下のレファレンスの回答を紹介いただきました。
『紀要』はなぜ紀要というのか。由来(語源)を知りたい。レファレンス協同データベース https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000321245

研究図書館と大学出版の協業
設楽:最後の質問です。元大学出版部編集者です。ネットを見る限り、米国等では研究図書館と大学出版の間にある種の協業が進むような兆しも見えておりますが、日本の現場の実感を伺えましたら幸いです。

前田:私自身お答えできるのは、北海道大学での感触だけですが、図書館と大学出版会は分かれています。可能性はあると思うんですけれども、協働は進んでいません。他の大学はどうなのか逆に知りたいところです。

設楽:アメリカでは大学出版部と図書館で、例えば絶版本を図書館で公開するというような協働が行われていたりというようなことは読んだんですけれど、日本の現場に関しては今お答えができず申し訳ありません。

補足:参加者の方より、慶應義塾大学図書館の主導による「実証実験」についての情報をお寄せいただきました。
島田貴史. 2011.「大学図書館の変化とロングテール」『大学出版』pp.11-15
https://ajup-net.com/wp/wp-content/uploads/2011/07/daigakushuppan_86.pdf