大学が学術出版をする意義と方向性(3)(質疑応答・コメントつき)

オンライン研究会「大学が学術出版をする意義と方向性(3)」2023/09/27
研究・イノベーション学会 大学経営研究懇談会
https://kiyo.cseas.kyoto-u.ac.jp/2024/02/seminar2023-09-27/

〈講演〉
難波美帆
(グロービス経営大学院・准教授/株式会社グロービス ファカルティー本部・主任研究員)

本日はお忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。私どもは今年度の4月にグロービス経営大学院として第1号の紀要を発行しました。どういう経緯で紀要を作ることになったか、どういう紀要を作ったのかについてお話しさせていただこうと思っています。

自己紹介をさせていただきますと、私は2016年にグロービス経営大学院に着任しました。単科の大学院ですので経営学専攻だけですけれども、ファカルティグループは6つに分かれています。私は一昨年まではアントレプレナーの育成に照準を当てている創造系ファカルティというグループに所属し、現在はテクノベート——堀学長が作った造語でテクノロジーを使ったイノベーションを起こしていくビジネス——に照準を当てている科目群のファカルティグループの教育コンテンツ担当のリーダーを務めています。起業したい人たちに向けた教育プログラムと、テクノロジーを使った先端のビジネスについていきたい学生さんたちに向けた科目群を担当しています。コミュニケーション領域やビジネスの創造、0のところから1をどうやって作るのかといったことを教えています。

前職、前々職と、この18年はずっと大学で働いていますが、その前は出版業界で仕事をしていました。社会人の振り出しが講談社で、そこで編集の技術を勉強して、その後はフリーランスの編集記者として仕事をしていました。科学技術コミュニケーション分野の教育プログラムが高等教育機関にできた時に科学技術や医療分野での編集者、記者をしていたので、プロジェクトを立ち上げる要員として2005年に大学に入ったのが大学で働くようになったきっかけです。グロービス経営大学院で紀要を立ち上げるに際して、紀要がある大学で働いていた経験者がグロービスにほとんどいないので、北海道大学と出版社での勤務経験があるということで、紀要の編集の事務局メンバーの一人としてその仕事に関わりました。

グロービス経営大学院は母体が株式会社で、社員教員は株式会社で雇用されて、大学院に専任教員として出向しています。それ以外にも、実務家教員と言いまして、会社を経営されている方、コンサルタント会社にお勤めの方、ビジネスの即戦力として働いている方がたくさん教員として働いています。社会人でないと入れない大学院です。ケースメソッドという教育手法を使っており、インタラクティブレクチャーといって、受講生同士に議論させる、もしくは教員と受講者の間で議論する時間がほとんどです。もともとオンライン授業はありましたが、コロナになって外出規制があった時に、すべての授業を三日でオンライン化しました。それ以来、オンラインであっても、リアルクラスであっても、ほとんど質の変わらない授業をすることを目標にやってきています。オンライン授業だと学生さん同士でお話する時間が取れないので、チャットで勝手におしゃべりするのを奨励しています。みなさんもミーティングチャットで自由にご発言をしていただけたらと思っています。

私は現在グロービス経営大学院の専任教員ですが、株式会社グロービスのファカルティ本部の研究員としても仕事をしています。大学院の授業を年間50コマと企業研修を年間50コマぐらい、1コマ3時間なので普通の大学でいうとだいたい1年間に200コマ分の授業を担当しています。教員、講師としての負荷が大きいのですが、株式会社の社員として学校の運営の仕事も担当しています。その一環として、今回お話しする紀要の仕事がありました。今日は、紀要の創刊の背景と目的、出版の体制、効果と課題をお話させていただきます。

学校法人グロービス経営大学院とは
グロービス経営大学院は出自が変わっておりまして、株式会社立で2006年4月に特区制度を使ってできた大学院です。2008年4月から学校法人になり、文科省管轄の学校法人グロービス経営大学院として運営されています。現在、3種類のコースがあり、パートタイムのオンラインとリアルクラスのMBAプログラム、フルタイムの英語のMBAプログラム、パートタイムのオンラインの英語のMBAプログラムがあります。パートタイムは夜と土日だけ開講、フルタイムのプログラムは全日制で日中に学生さんが登校することになっています。フルタイムMBAプログラムは日本に留学してきている学生さんたち、パートタイム・オンラインのMBAプログラムは世界中から参加している人たちがいます。1学年は1100名弱いて、英語話者が100名です。1学年の学生数は、単科の大学院では日本で一番、たぶんアジアでも一番大きいん大学院大学じゃないかなと思います。世界レベルでいっても単科で1学年を1000人以上取っている学校は非常に少ないんじゃないかなと思います。

現在日本国内には、東京、大阪、名古屋、福岡、サテライトとして仙台と横浜、水戸にキャンパスを持っています。コロナ以降オンライン授業が充実しましたので、4割がオンライン、6割がリアルクラスを選択して入っていますが、実質的には学校に通ってくる方が4割ぐらいで、残りはオンラインで授業を受けている感覚です。コロナ前は東京キャンパスの校舎が上から下までびっしり学生で埋まっていたんですけれども、いまはオンラインの授業が非常に増えて平日の授業ですと閉じている教室もあります。大企業にお勤めの方だとリモートワークがかなり進んでいるので、自宅で仕事をして、その後自宅でそのまま授業を受けています。男性の方でもいまは家事への参加率が高いので赤ちゃんを抱いていらっしゃったり、授業を受けている最中にお子さんが入ってきたりします。基本は画面をオンにして内職はできないことになっていて、みなさんそれで授業に参加しています。今までよりもいろんな立場の方が授業を受けやすくなっていると思います。1クラス35人定員なんですが、クラスに一人二人、多い時で3名ぐらい医療従事者の方がいらっしゃいます。当直の部屋から病院の服装で授業を受けられている方もいます。産休育休中に受講される女性の方も増えていて、学期途中に授業を休みますと連絡があって、授業中に産まれましたと連絡が入ったりします。みなさん子育てをしながら、自分のキャリアを続けながら、学んでいく、そういう時代の変化を感じる学校になっています。

グロービスには知見録という既存オウンドメディアがあります
私どもは紀要を発行する前から、知見録というオウンドメディアを持っていて、かなりのPVがあります。テキストだけではなく、動画コンテンツが充実しています。グループ会社として茨城のラジオ放送局もあります。いろんなメディアを持っているので、これまで紀要を使って情報発信する要請が会社の中にも大学院の中にもなかったんです。何かあったら多くの読者を獲得している知見録で出せばいいので、別のメディアを作ろうという意志が大学院の中にも株式会社の中にも働かない状況でした。

では、そんな私たちがなぜ紀要を発行することになったのか、どんな理由が考えられるでしょうか?

司会者:これまで届かなかった層へのアウトリーチ。

これまで届かなかった層。それが大事ですね。他にありますか? 想像もつかない。そうかもしれないですね。

それに加えて、なぜ紀要を発行するにいたったか…
背景には、文部科学省から、研究をやっているところを見せてくださいと言われ続けていることがあります。研究をやっているところを見せるとはどういうことなのか、学内でいろんな議論がありました。その一つとして、わかりやすい形でアカデミアのみなさんに我々がどんな教育研究活動をしているのかを知ってほしいということになりました。大学院の側が堀学長に対して、紀要という文献を作って研究活動を発信していきたいと伝えました。ほとんどの教員は実務家でビジネスをやっているんですけれども——他の機関に属して研究をしている教員も少数いますが——、教育面ではよく研究をしているんですね。どうしたらオンラインの授業でリアルクラスに遜色ない授業ができるようになるかとか、受講生が授業を受けた後に学びが定着するのはどういうことなのかとか。それを会社の中だけで秘匿しておくのではなく、みなさんにも知っていただきたいということで紀要を作ることになりました。

紀要発行の目的
新しい事業をする時には学内の会議を通さなければいけないので、紀要発行の目的を学内で説明しました。基本は、グロービス経営大学院の経営及び教育に関する知見をアカデミアに共有していくことです。紀要の内容は知見録に転用するなどして有効活用していくとしました。アカデミアの方たちだけに向けて発信するのではなくて、紀要のためにやったことをもっとわかりやすい表現などに直して、知見録にも記載するなどして有効活用していきましょうということです。

取り扱うテーマとしては、まずテクノベート。テクノロジーを使ったイノベーションに関するグロービスの研究所の調査であるとか、テクノロジーによって変化する組織。人工知能や生成系AIが活発ですけども、グロービスのGAiMERiという研究所が囲碁コンピューターを作ったりと人工知能についての研究を以前からやっているので、この研究所の成果や◯◯テックといわれるビジネス界におけるテクノロジーの最新動向。

それから大学院の教育の定量的な評価。グロービスで学んだ学生がどういう成果を出しているか定量的に評価しているんですね。卒業後の昇進や給与がどのぐらい上がっているか、授業の満足度はどうかを定量的に評価して公開しているので、紀要の中でも出していきましょうと。

そして、実務系の大学院なので修士論文は必修じゃないんですけれども、研究プロジェクトのクラスがあって半年間研究活動を行う学生がいるので、その発表の場として紀要を活用していきましょうということで作りました。

以上が、背景と目的になります。

ご質問ありがとうございます。紀要はグロービス大学院のサイトでは公開していません。J-STAGEから読めるようになっています。J-STAGEで検索していただくと読めます。一般の企業にお勤めで、研究経験のない方は、学術的な論文や記事に関しての検索方法を知りません。グロービス大学院の中の教員でも紀要という言葉を知らない人がほとんどでした。そういった方々は検索のしようがないので、紀要の読者として研究経験がある方、もしくは研究成果を検索したい方を想定しています。だから、学術的な知見の公開、学術的な知見への貢献を目指しています。どのくらい貢献できるかはまだまだ発行したばかりなので、今後の課題と考えています。

一般的に紀要とは…
2012年に「大学紀要というメディア限りなく、透明に近いグレイ?」(竹内比呂也『情報の科学と技術』62巻2号pp.72-77)という文献が出ています。そこに引用されている光斎重治編著『逐次刊行物』日本図書館協会(2000)によれば、紀要の出版上の特徴が9つほど挙げられます。はっきりした紀要の定義はなくて、いくつかの特徴があると考えていただけるといいのかなと思います。

1番、大学又は学術機関の特定の人だけを対象にしている。読者を限定しているということでしょう。

2番、評価基準(レフェリー)によらず、任意に収録される。これは学術ジャーナルとの違いですね。ピアレビューがないということだと思うんです。かといって——紀要を作ってみてわかったことですが——質を担保していないもの、例えば、個人の日記や手紙みたいなものをそのまま載せることはあり得ないですよね。質やレベルが一定でないのは確かだと思うんですけれども、低いってことではないんじゃないかなと思います。

3番、流通経路が一般的でない。「大学や研究機関と日常的なコンタクトが乏しい公共図書館」とありますが、これが書かれた2000年から23年も経っているので、関係者の方がいらっしゃったら現状を教えていただきたいなと思っています。

4番、刊行部数が少ない。これももう時代は変わりましたよね。ウェブで公開されるので、紙で何部出しているかはほとんど無意味かなと思っています。

5番、発行頻度が少ない。これは、オンラインになって随時出しているところもあると思います。元々、学術ジャーナルもそんなに頻繁に出しているところばかりでもない。日本の学会のジャーナルであれば、年に一回出てれば多い方かなぐらいと思います。

6番、片手間に行われていることが多い。これも紀要に限らないんじゃないかなと思います。営利目的でないので、多くの学術ジャーナルはみなさんのボランタリーな仕事で成り立っているかと思います。

7番、休刊や廃刊が突然起こる。これは我々もまだ経験してないのでよく分かりません。そうかもしれないですね。

8番、書誌記述が曖昧。これもそうかもしれませんが、学術ジャーナルもボランタリーに作っているところが多い、つまり基本的には善意でチェックしているので、書誌の記述情報が学術ジャーナルだからといってきちんとしているとも限らないかなと、いろんなジャーナルを拝見させていただいていて思うことです。

9番、紀要に収録された文献を検索する手段が限られる。私たちの紀要はJ-STAGEに登録しているので、他の文献と同じように検索できます。ここも昨今のデジタル化の推進によって変わっているかなと思います。

紀要の特徴が、2000年から23年経って、問題とかグレーとかいうことではなくて、他のジャーナルと近くなった部分もありますし、特徴が際立った部分もあるのかなと思います。

大学紀要
紀要がいつ作られたのか今回調べて知ったんですが、大森貝塚についての論文1本を掲載したものが初めての紀要です(1879年、東京大学理学部Memoirs of the Science Department, Tokio Daigaku)。1919年に大学令が変わって私学がたくさんできて、大戦後にもたくさんできて、大学の数が増えるだけ紀要が増えてきたのかなと思います。

古い文献しか調べていなくて(1993年に約6500誌)、現在何誌あるのか調べていないんですけども、大学紀要がたくさんあることだけは確かかなと。最初の大学紀要が理学部の刊行だったのと同じで、今でも◯◯大学紀要だけじゃなくて、◯◯学部の紀要という形で分かれているものもたくさんあるかなと思います。ここまで一般的なお話でした。

紀要の体制
グロービス経営大学院の紀要をどんな体制で作っているかというと、編集委員会と事務局、研究倫理委員会ですね。ここは胸を張るところですが、研究倫理委員会を紀要の発行に合わせてきちんと整備して、倫理要綱も作りました。先日、ある大学のある研究科が作っているジャーナルに投稿したいんだけれども、倫理規定はどうなっているんですか、と他大学の学生さんから聞かれて、そのジャーナルを発行している事務局に問い合わせをしました。戦前からある大きな大学ですが、学部によっては研究倫理委員会が設置されてないところもまだたくさんあるので、研究倫理審査を通してなくても論文は掲載できるとのことでした。もし掲載できないとしてしまうと、研究倫理委員会などがある大学に勤めている人以外は倫理審査を受けることができなくて、投稿者を狭めてしまうので、それを求めないんだともおっしゃっていました。

グロービス紀要は主な投稿者として研究者教員や大学院生と卒業生を想定しています。グロービス経営大学院の中には、研究者教員と呼ばれる職務として研究をアサインされている教員とされていない教員がいます。もちろんされていない教員が研究をしてもいいんですけれども、研究成果を上げても仕事をしたことにはなりません。研究者教員として認められている教員は、裁量労働制なので研究の時間と研究じゃない時間を分けることはできないんですけれども、研究成果を上げた場合には、仕事の成果として認める立場です。

1号、2号までの今のところは、外部の方からの投稿を募っていません。3号、4号となって、編集出版体制が整いましたら、外部の方にも投稿していただけるように投稿規定などを整えようと対処しているところです。

掲載にあたっての留意点
掲載にあたっての注意点を作っています。オウンドメディアの知見録では、読んで面白ければ、商業的に読む価値があれば、新しい発見でなく二次情報をまとめても記事になるんですね。◯◯大学の◯◯先生が/コトラーが何と言っていたで記事になるし、それを動画でしゃべってみんなで相槌を打っているだけでもよかったんです。でも、紀要に関しては、何らかの新しい知見があることが必要です。理系ではないので実験をすることはあんまりないのですが——心理学の実験をしている方はいらっしゃるんですけども——、アンケートやインタビューといった一次情報とか、先行研究から導き出した新たな課題などがちゃんと出ていることが必要という要件を設けています。掲載できるものと、提出してもらっても掲載できないものを分かりやすい例できちんと学内に示すようにしています。

掲載基準
投稿者が投稿しやすいように、5つの基準を3段階で設定しています。投稿に論文、ノート、ケース、調査、手法というカテゴリーを設けていて、カテゴリーごとにそれぞれの基準で求められる水準を3段階で示しています。論文は査読を付けているので、論文として投稿したいものはすべてに関して高い水準を満たしてなければ載せませんよと告知しています。

論文について(参考)
学生の投稿者は研究経験がある人ばかりではないので、論文とはどんなものかというのも説明しないと投稿ができません。ハーバードビジネスレビューは多くの人が読んでいるのですが、そういうビジネスパーソンを想定したものではなくて、読者として研究者を想定した論文の基本的な枠組みを参考として学生のみなさんに告知しています。必修ではなく選択なんですけれども、卒業前の半年間で授業として研究プロジェクトを取った学生さんには、指導を受けて紀要に投稿できるような研究ができますよと言っています。

研究倫理規定の改訂および研究倫理委員会の設置
グロービス経営大学院では、2030年までに研究者教員を増やそうとしています。経営大学院は基本的に博士号を出さないので、先生方もMBA、経営学修士号を持つ方がほとんどなんです。ところが文部科学省から博士号を取得した研究者を30人まで増やしなさいと言われているので、積極的に採用中です。その人たちが研究をしやすい環境を作りましょうということで研究倫理委員会を設置しました。これまでにも研究倫理規定はありましたが、文部科学省から求められているガイドラインをちゃんと作りましょうということで、そこに対応しています。それに加えて倫理教育をします。我々が倫理教育を新しく作ったわけではなく、他の大学でもよく使われているものを活用させていただいています。

いろいろご質問ありがとうございます。
社会貢献。社会貢献じゃないですね。紀要の読者は限られるので、アカデミアに対しての貢献かなと思います。でも、紀要を出すことで、今までは外に出なかったグロービス経営大学院の中の研究や教育の知見が検索すればフリーアクセスで読めるようになったので、情報を欲している方には貢献できると思います。

発表者、研究者にとって、他に効果、メリット。これは既存の紀要と全く同じだと思います。例えば書いたら金一封ということはありません。

期待することは、他の紀要とまったく同じで、互助の精神ですね。自分たちも情報を出す代わりに、私たちも社会で発行されている情報を使わせていただく、そういうことなんじゃないかなと思います。

実際にどんな倫理審査がなされているのか。今のところはガイドラインを示して、例えばアンケート調査をする時には同意書を取りなさい、インタビュー調査の同意書や取材の依頼書は、学校で用意したテンプレートを使って、自分たち用に書き直したものを教員がチェックして研究をする、人に対しての研究を行う時にはこういうことしましょうというようなことを、学生さんに対して指導をしています。経営学上の機密に関しては、もともと会社としてのコンプライアンスがありますので、以前から顧客のデータは一切載せないとしています。今日も弁護士の方を呼んで、著作権の問題や生成AIについての勉強会が社内でありました。生成AI使うとデータを学習用に吸い取られてしまうので、顧客のデータや個人情報を一切載せちゃいけないことになっています。そういったことについて学内や社内で勉強会を開いて、関連の部門の人は必ず出席をすることになっていますし、関心がある方はいつでもアクセスできるようになっています。

株式会社グロービスの社員としては地味な仕事ですが
私は株式会社グロービスからお給料をもらっており、経営大学院に出向をしている形です。出向している部分でのお給料もありますが、職務の半分は株式会社クロービスの仕事なんです。株式会社グロービスは企業研修や大学院ではないビジネススクールを運営していて、企業体全体で見ると、大学院は非営利なので儲けるための商売ではないんですね。株式会社グロービスはさまざまな経営学の知見を活用したビジネスを展開していますが、そこに紀要は貢献しないんです。もちろん、グロービスのレピュテーションが上がるとか、アカデミアの一員として他の大学の方たちに仲良くしてもらえるとかということがあれば、遠回りでプラスになるかと思うんですけれども、目立った形でお金が儲かるとか、わかりやすいリターンあるわけではないのですごく地味な仕事なんです。でも、これを発行することで、教育と研究の両輪を回さなければいけないという意識が、もともとそういう意識があった大学院の方だけでなく、グロービスの半分を支えている株式会社の人たちの中でもすごく高まりました。

大学院やビジネススクールでの教材はハーバードビジネスレビューやケースを使うんですが、先生方は海外の大学でMBAを取得していらっしゃる方が多くいらっしゃるので、ケースはほとんど海外のものです。そういったものを常に最新のものにしていく意味での研究はしているんですけれども、論文を書く、一次情報を作るための研究はこれまでみなさんあまり熱心でなかったのですが、そこに対しての意識がすごく高まりました。

そして、私たちが教えている経営については、自分たちで研究するよりも、むしろ国外の最新の知見を持ってくることの方に熱心でしたが、教育以外にも経営や経営以外のジャンルの研究に対する許容度が高まりました。それをやっていてもあまり注目されなかったけれども、今はそういう研究をしているとその話を聞かせてほしいと学内で勉強会が開かれたりするようになってきています。

それから学生たちにすごく良い影響があったなと思います。学生さんたちは実務家としてのスキルを磨いて、経営者として働けるようになりたいとか、大きな会社の中でリーダーになっていきたいという方たちがほとんどです。45歳以上の学生さんたちも、ものすごく増えていて、管理職になってから来る方や、経営者の方や、50歳ぐらいまでに起業をしたいという方がたくさんいて、そういう方たちの中にもただ経営の最新の知見を身につけるだけじゃなくて、せっかく大学院に来たんだから研究をしてみたいという人が増えました。研究プロジェクトの授業はゼミのようなもので、受け入れられる数が少なく、研究計画書の提出と審査があり、一部の人しか受講できないのですけれども、それでも多くの学生がチャレンジしてくれるようになりました。

そして、研究の意義について教員みんなが考えるようになりました。年に一回プレジデントアワードという社長賞がでます。いろいろな分野があるんですが、地味な縁の下の力持ち的な仕事部門で、我々の紀要が社員の投票で今年の1位をとってプレジデントアワードをいただきました。こういうことが会社の中で評価されたことが、私はすごくうれしかったです。評価ができる会社である、評価してくれる社員のみなさんが同僚として働いていることが、もう本当にうれしくて。編集とそれに関わってくれたすべての方たちで慰労会をしました。

発行からのアクセス数
発行からのアクセス数の4月から8月までのデータをみると、発行した4月が一番多くなっています。見る人がいるのかなと思っていましたが、論文が6本でこれだけのアクセス数がありました(4~8月に全文PDFへのアクセスが3433件)。グロービスのホームページにすら情報を出してないのに、これだけ多くの方が見てくださっているのは非常に大きな効果だと感じます。

課題
前回は4月に出しましたが、今年からは10月発行に変えていくことになって、今まさに投稿論文12本の編集作業をしております。投稿規定も全部揃えたいし、カテゴライズも決めきれていないところがあって、編集していくうえでまだまだいろんな課題があって、試行錯誤の中で作っているところです。編集がまだ決まりきったルーチンになっていないところが課題だと思っています。

あとはみなさんと一般的な紀要の抱えている課題を議論させていただきたいなというところで、いったん私の発表は終わりにしたいなと思います。

〈質疑応答・コメント〉
自組織の紀要への投稿を増やすには
司会者:新しく生まれる紀要もある一方で、最近多いのは休刊や刊行ペースが非常に遅れることです。理由は二つあって、一つお金の問題、もう一つは論文が集まらない問題です。

グロービスの紀要では、論文の投稿は教員の自由意思によるものなのか、それとも積極的な要請をしたり、業績評価のような形でインセンティブやモチベーションを上げたりしているのか、実態をお答えできる範囲で教えていけないでしょうか。

難波:研究者教員に関しては、義務ではないんですけども、投稿することが職務として評価されるので、仕事の一部としてやってくださいとお伝えしています。全員が毎年出す必要はなく、何年かに1本はここにも書いてくださいとお願いをしています。

でも、4月に刊行して10月にもう12本も集まっているのは、研究者教員ではなくて、それ以外の教員の方の論文や、研究プロジェクトをやった学生さんたちの修士論文に該当するようなものがあるからです。一般的に修論を書いても世に出ないじゃないですか。そういったものを積極的に載せていこう、学生さんの研究成果の発表の場にしていこうと位置づけているので、本数が集まります。

原稿が集まらないなら、受け皿としてみんなが投稿しやすいものに紀要を作り替えていく必要があるのではないかなと。私たちは、原稿が集まらないことを一番恐れていたので、必ず集まる方法を考えて紀要を作りました。

司会者:外部雑誌への投稿が推奨される大学もありますが、グロービスの組織としてのミッションからすると、外部の査読誌ジャーナルよりも、むしろ組織のポリシーに沿った紀要への投稿を重視するのは理解できます。

難波:国立大学の先生方は、大学法人から給料をもらっているにもかかわらず、大学からの評価を気にしない、そこが連動しないということだと思うんですよね。だから、所属大学というコミュニティの中での自分のレピュテーションや共同体への貢献にみなさんの関心が薄いってことなんじゃないかと思うんです。

グロービスはプライベートカンパニーなので、自分たちの所属する組織への貢献が自分たちにとってカンファタブルであるのが——私立大学でも同じなのかもしれませんが——、国立大学とは違うところかなと思います。

司会者:国立大学の教員は組織への帰属意識が低いのはそのとおりだと思います。一方で、評価は、若手はとくに、教授レベルでも気にしています。紀要や日本語論文だと1本にカウントされないというウエートがつけられています。むしろ組織的に積極的に評価をやりすぎていると感じています。

難波:外部のジャーナルでの評価の方がうれしいってことなんですね。

司会者:紀要に投稿するくらいなら、外部ジャーナルに投稿しなさいという勢いです。

難波:そういうふうに位置づけているんだからしょうがないんじゃないかな。

司会者:評価が投稿先を誘導しているところはあると思います。

論文を書けるようになるには
質問者:論文を書くうえで……。

難波:紀要の発行とは直接関係ないのですが、グロービス経営大学院の教員でも論文を書いたことがない人は書けないです。日本の大学だと論文を書く教育は大学院の指導教員が主には行っていると思うので、研究することを目的にしている大学の大学院に入って教えてもらうといいのかなと思うんですが、論文を書けるようにすると標榜していない先生もいらっしゃって質の保証がないと思うんです。だから、卒業生や在校生によく聞いて、この先生は論文書く指導をしてくれるよっていうところに行くしかないかなと思います。

司会者:大学院でコースワークが導入されたのもつい最近ですもんね。

難波:やっている大学もあると思います。でも全員にそれが行き渡っているかっていうとそうでもないのかなと思います。

紀要の編集と書籍の編集に違いは
司会者:プロの編集者は入っている雑誌もありますが……。

難波:編集は全部内製しています。外部に頼もうかなと思って三つの会社に相談して、見積もりを取ったりしたんですけども、結構なお金かかるんですよね。それで、自分たちでやりましょうということになりました。編集部の中に一人、つい最近国立大学の修士を取った方がいて、所属していた研究室では論文の指導をしっかりしてくれたようで、論文の添削をその人が事務局としてやってくれます。グロービスは教材もすべて社内で作っているので、職員の中に教材の校閲や校正ができる人たち、整形といって形をきれいに整えたりするのができる人たちがいて、株式会社グロービスの職務としてやってくれるので、外部に頼みませんでした。

司会者:難波さんは前職で普通の出版社の編集を担当された経験があるのでお聞きしたいんですけども、書籍の編集と論文集である紀要の編集は、同じですか違いますか。

難波:全く同じだと思います。読者にとって読みやすいかを考えるので、誰が読者かによる違いはありますが。書籍の編集はプロに頼むんですけれども、紀要ももしお金があれば、校正はプロの編集者に、整形も外部の編集出版社に出した方が綺麗にできるんじゃないかなと思うので、それは全く商業出版と変わらないと思います。

倫理審査
質問者:倫理審査が行われているのですか。

難波:倫理審査に関しては倫理規定があって、その規定に沿って、学術振興会の研究倫理に関するセミナーに事務局の担当者が出席して勉強してきたり、研究倫理Eラーニングコースを教員と研究をする受講生には必ず見るように義務付けたりしています。

ビジネススクールならではの紀要
質問者:紀要の範疇で、企画は……。

難波:2号がもうすぐ出ると、合計で20本近くの論文が出ます。タイトルを見ていただければ、これはビジネススクールならではと思っていただけると思います。2号では私の担当した学生さんが4本の論文を出しています。私が学生さんに指導しているのは、ビジネスは困っている人にソリューションを提供することで成り立つ、だからソリューションを研究するように、ソリューションのアイデアまで持っていけるような研究をするようにということです。学術研究を調べてみると、ソリューションの提案までをしている研究ってすごく少ないんですよね、それが目的ではないので。1本目の紀要にそのことを書いた研究ノートがあります。そこがビジネススクールならではで、こういうことが分かったとか、こういう論が立てられたではビジネスにならないので、そこからどういう困っている人にどういうソリューションが提案できるのかを考えてね、できるだけ頑張ってと学生さんにお伝えしています。

日本の紀要と出版の問題
質問者:ISBNをちゃんと取って作るというような概念が出版経験者ではない大学の人にはないと思うんです。例えばHarvard Business Reviewだってインパクトファクターが付いているわけですし、Administrative Science Quarterlyも元々紀要です。アカデミックな出版市場として日本を見れば、裾野がすごく広くて、他国に比べて立派なところもある中で、研究者の人たちは二重に倒錯した投稿行動を求められているわけじゃないですか。これをどうしたらいいのか、講談社で編集者をされていた立場からお伺いしたいなと思いました。

難波:私たちはこれまで、いわゆる学術的な研究の情報発信をしてこなかったので、逆風が我々に吹いているのは分かっています。でも、私たちにしかできないこと、私たちなりの研究分野への貢献であるとか、狭い研究村、狭いピアレビューの世界の中だけの評価ではなく、今まで研究にアクセスできなかった人や研究にアクセスすることを思いつかなかったような人でも、その知を求めている人たちに届くような、そして使い勝手のいいような研究を発信していけたらいいなと思っています。我々はグロービス経営大学院というコミュニティから、コミュニティとしての努力をしようとスタートしたところです。そのコミュニティが今は、他のアカデミアのコミュニティから異端視されているかもしれないんですけども、社会貢献のポリシーをもって、ぶれずにやっていくことができて、私たちの意志がきちんと伝わっていけば、他の大学や学会のコミュニティのみなさんの活動が誘発されて、うちの研究はこういう人たちにも見てほしいよねとか、こういう評価の仕方を新しく作りたいよねと、自分たちの中の閉じた評価基準じゃなくて、外を意識したような評価基準もできていくんじゃないかなと。未来は暗いと思っていません。紀要のような形でコミュニティの知の情報発信をコミュニティとしてやり続けること、それぞれのコミュニティを開かれたものにしていくことで、先生がご懸念されている、変えたいなと思っていることに、風が吹いたり、窓が開いたりするんじゃないかなと思っています。

質問者:ありがとうございます。補足をしておくと、経営学の中の経営学教育にはAcademy of Management Learning and Educationというレベルの高いジャーナルあって、それが重要だと普通の日本の研究者は認識しているんです。なんですけど、海外に向けた論文も書かずに内輪の論理で、ちゃんとインデックスされていないところ——英文誌しかインパクトファクターが付かないっていうのは誤解で、体裁が整っていて英文のアブストが付いていたりすれば、インパクトファクターがつくんですけど——で、フォーマットを踏まえずに書く人もいて、俺の論理でやるんだと言われても、若手の研究者も困るし、年取った人も困ると。

一方で、日本には、出版文化という点で、学術出版よりもはるかに豊富な市場が自国言語である。そこのインパクトを測定するという話に国の方もなってきています。経営学教育ジャーナルの国内紙がアメリカや英語圏ほどない中で、グロービスがやっていくとしたらそこがデファクトスタンダードになってくっていう考え方もあるんじゃないか思います。

難波:ありがとうございます。それは会社に伝えたいなと思います。