クラウドファンディングを利用した学術誌の創刊と運営 ——学術雑誌『メディウム』を例に——

セミナー「挑戦する学術誌」2021/10/29
研究・イノベーション学会 第36回年次学術大会 企画セッション
https://kiyo.cseas.kyoto-u.ac.jp/2022/02/seminar2021-10-29/

講演3
梅⽥拓也(同志社⼥⼦⼤学 学芸学部メディア創造学科 助教)
今関裕太(江⼾川⼤学 基礎・教養教育センター 助教)

〈第一部〉学術雑誌『メディウム』の取り組みについて
梅田拓也

同志社女子大学、学芸学部メディア創造学科助教の梅田拓也と申します。今回、貴重な場にお招きいただきありがとうございます。学術雑誌『メディウム』という独立系学術雑誌の取り組みについて発表させていただきます。この雑誌は私、同志社女子大学の梅田と、江戸川大学の今関さんの二人で取り組んでいるので、第一部と第二部に分けて説明したいと思います。私のパート、第一部では、学術雑誌『メディウム』の取り組みについてお話しさせていただきます。話題は二つありまして、一つは、そもそも『メディウム』がどういう取り組みなのかということ。もう一つは、この雑誌はクラウドファンディングによって創刊資金を調達し、その資金で運営しているのですが、その運営の実態です。

学術雑誌『メディウム』について——創刊主旨——
学術雑誌『メディウム』は昨年、2020年に創刊しました。創刊主旨を一言でいうと、人文学分野のメディア研究という、ある種のニッチ領域の議論のためのプラットフォームの創出です。

自己紹介が遅れたんですが、私はメディア研究と呼ばれる、さまざまな情報技術と人間の社会や文化の関係を追う、哲学や社会学の領域における研究をしています。近年の情報社会の進展に伴って、哲学、芸術、文学、歴史などの人文学的な研究においても、メディアをめぐる議論が活発になっています。情報技術、スマートフォンやコンピューターが人間の文化や社会に対していかなる影響を与えているのかの検討が、メディアという言葉をキーワードに最近進んでいます。

ただし、日本語圏のメディア研究は、社会科学の研究者や学会が中心となって展開しているので、メディア研究というと社会学の領域だと思われています。僕がやっている哲学や芸術、文学の研究は、あまりメディア研究だと思われていません。プラクティカルな言い方をすると、人文学、哲学や芸術や文学の研究をしている人たちがメディアについて論じた論文を投稿する場がない状況です。哲学や文学の作品について論じた論文を哲学や文学の学会誌に投稿することはできるのですが、どうしても個別の作品や思想家の解釈に対する新規性で評価され、メディア研究としての新規性が評価されることは基本的にありません。

そういうのを議論するための場をつくりたいという思いからこの雑誌をつくりました。現在、第2号の編集印刷プロセスにあり、来月発刊されるので、ご購入いただければ幸いです[注:2021年12月に発刊済]。

学術雑誌『メディウム』について——運営体制——
『メディウム』は研究機関や学会から独立した運営を進めており、フラットな議論の場を目指しています。創刊のメンバーである私とこのあと登壇する今関さんの二人で編集を進めています。校閲や組版も私たちが全部手弁当でやっています。ただし、特集にはその特集の専門家にゲストエディターとして参加してもらい、方針のかじ取りをしていただいています。

投稿、査読については、第一号には14件の投稿があり9件を採録、第二号には19件の投稿があり7件を採録する運びとなりました。まずまず投稿がきています。SNSを中心として、知り合いにも宣伝しながら投稿を募集しています。査読は第一号は8名、第二号は13名でやりました。私たちやゲストエディターの方の知人の研究者を中心に査読の依頼をかけて、かなり豪華な顔ぶれになっています。

販売には、BOOTHという同人誌や二次創作品を売るためのプラットフォームを、そこで浮いてはいるんですけど、利用しています。宣伝は研究会やホームページ、SNSでしています。Twitterのフォロワーが最近増えて830人ぐらいになっていますし、宣伝のために研究会をこれまで3回開きました。

資金はクラウドファンディングで調達しました。想定読者は人文学の研究者、印刷された紙にすごく愛着のある人々、集団なので、印刷された雑誌をつくる費用を集めるためにクラウドファンディングをしました。クラウドファンディングの達成額は69万円で、紙版と電子版の売り上げを追加して、その資金で運営を進めています。

クラウドファンディングによる学術誌運営——メリット——
学術雑誌でクラウドファンディングを使ってみてわかったのは、運営に必要な資金調達はもちろん、研究のニーズ喚起にもつながるということです。クラウドファンディングは、皆さんご存じのとおり、不特定多数のクラウド、群衆の協力者から資金提供を募ることですが、そのメリットには資金調達だけでなく宣伝効果もあります。つまり、クラウドファンディングによって、雑誌の投稿者や読者が集められると思います。私たちのようにすごくニッチな領域を主題とした雑誌や大学紀要など規模が小さいものほど、学会のように大きな集団に頼れないため、こういった手法で宣伝するメリットがあるだろうと思います。実際にやってみて、応援してるよとか、お金しか出せないけどとか、いろんな方から支援をいただいて、こんな領域だけど期待されているんだなって実感が得られたのはとてもよかったと思います。

クラウドファンディングによる学術誌運営——プロセス——
クラウドファンディングのプラットフォームはCAMPFIREなどいろいろありますが、私たちが利用したのは学術研究に特化したacademistです。クラウドファンディングのプロセスは、大きく分けて3ステップあります。企画、実施、リターンの送付です。

企画ではコンセプトの策定、何のためにお金を集めるかのコンセプトをしっかり仕上げることが必要です。資金提供してくれる人が興味を持ちやすいように、これをはっきりさせておく必要があると思います。

実施期間は1カ月から2カ月ぐらいです。利用したacademistのサイト内にプロジェクトページをつくってもらったほか、SNSや学会、研究会メールで宣伝しました。無料研究会を開いて、関心のある方に集まっていただいて議論したあと、こういうのが出るので買ってくださいと宣伝したのも有効だったと思います。

また、資金をくださった方に返すリターン、お返しの準備をする必要があります。学術系のクラウドファンディングはリターンがつくりにくいのですが、雑誌の場合は完成物があるので、完成物をリターンに据えるのがいいかなと思います。それ以外にも謝辞掲載や完成したあとに研究会をするかたちでお礼をすることもできると思います。終わったあとに1カ月ぐらいかけてリターンの送付などを行います。

必要なのは、明確なコンセプト、リターン、宣伝の手段だろうと思います。すべてのプロセスでacademistを運営するアカデミスト社からサポートいただいたのですごく便利でしたが、達成額の20%が手数料となります。私からは以上です。

〈第二部〉人文学における研究成果・研究評価の共有媒体について
今関裕太

江戸川大学基礎・教養教育センター助教の今関と申します。第二部、私のパートでは、日本語圏の人文学における研究成果および評価の共有媒体と、そのなかでどういった枠組み、コンテクストを意識して『メディウム』を発行しているかをお話ししたいと思います。前半で現在の日本における人文系の学術雑誌の体制を概観したうえで、後半で『メディウム』の査読体制と今後の展望をお話しする構成になっています。

現在の日本における人文系の学術雑誌の体制
現在の日本における人文系の学術雑誌は、大きく三つの種類に分けられる——そうじゃないと言う方もいらっしゃるかもしれないのですが——のではないかと思います。

一つ目は商業誌で、古くからある有名な岩波の『思想』ですとか、新しいものですと堀之内出版の『nyx(ニュクス)』とか、あるいは特定分野に特化したものだと、亜紀書房から出ている文化人類学の『たぐい』ですとか、ほかにもたくさんあります。こうした商業誌は発行頻度が高くて、読者層も研究者に限られずに広いというメリットがあります。その一方で書き手は公募制ではない場合がほとんどで、原稿掲載のためには編集者・出版社との何らかのつながりが必要という場合がほとんどだと思います。

二つ目は紀要です。これは基本的には大学の研究室や学科単位で発行されています。現在は多くがウェブ上で無料公開されていて、アクセスも容易ですし、異分野間の交流が生じる機会も多く、普通の査読誌には載りにくい自由な発想を発表する場にもなるなど、さまざまな長所があると思います。その一方で、専門分野に特化した研究の蓄積が困難な面もありますし、投稿資格は基本的に当該組織の所属者に限定されます。

三つ目は学会誌です。査読体制が充実している場合が多く、専門性の高い議論を蓄積する中心的な場になっています。一方で、年刊発行で投稿機会も年に1回か2回というものが多く、分野によって論文執筆から発表までのペースは異なるとは思いますが、一度で査読に通らないと出版に至るまでにそれなりに時間がかかります。また、一概にはいえないんですけども、投稿者と編集者と査読者の間でどこまでコミュニケーションがとれているかという点については(紀要や商業誌の場合にも当てはまることだと思うんですが)、十分でない場合もあるだろうと思います。

ちなみに英語圏では、学術研究の発表形態や評価方法を専門的に扱う学問分野として、scholarly communicationと呼ばれるものがあります。私が留学していた大学では授業も開かれていましたが、大学教員や図書館員をはじめたくさんの専門家が活躍しています。一方、日本では、研究成果の発表や評価の方法に関して議論する場や機会は英語圏に比べて少なく、査読について考える際にはそうした状況も考慮するべきだと思いますが、今回は深入りしません。

以上のように大きく分けて三つの種類の媒体があるなかで、短期間で多くの成果を出すことが——社会的な立場が不安定な若手研究者はとくに——求められている状況、さらに、特定分野の範疇に収まらない論文が多く書かれている、あるいは本当ならもっと多く書きたい人がいるという状況で、どのような性質の媒体が必要かを考えたのが『メディウム』の創刊の背景です。

『メディウム』の査読体制
今のような問題意識を踏まえて、梅田さんと私で、クラウドファンディングをする傍らで、雑誌の査読体制を議論しました。『メディウム』の査読には大きく三つの特徴があります。一つ目は、会員制度や投稿資格を設けないことです。学会に所属している人だけが投稿できるかたちにしないことで、研究分野や立場のために生じがちな壁を取り除こうと考えています。

二つ目は、掲載原稿の水準を一定以上に保つために、明確な査読規定を定めてオンラインで公開し、シングルブラインド制の査読を行うことです。ただし、査読者の氏名は一覧にして巻末で公表しているので完全なシングルブラインド制ではありません。この点は、一般的な査読誌、学術雑誌と大きく変わりません。

三つ目は、投稿プロセスです。ほかの学会誌、学術雑誌にはなかなかないプロセスを設定しています。投稿者にはいきなり論文を提出してもらうのではなく、最初は短い(400字程度の)内容案を出してもらい、編集部からコメントして、必要に応じてさらにやり取りします。それを踏まえてもう少し長めの章立て案(2000字程度)を出してもらって、またやり取りします。そのうえで初稿を出してもらい、査読者に送ります。先ほど、日本の学術雑誌、学会誌の問題点として、投稿者、編集者、査読者間でのコミュニケーションがうまく確保されていない場合もあると言いましたが、そうした問題意識を踏まえてこうした体制を整えています。査読結果に対して疑問がある場合は編集部および査読者への質問状も受けつけます(これは制度として設けている媒体も少なくないと思います)。

『メディウム』の運営上の問題点
こうした体制で運営を行っていますが、問題点も当然あります。一つは編集部の負担です。ゲストエディターとして外部の方をお招きすることもありますが、組版も校閲も経理も販売も宣伝も査読者の確保も私と梅田さんの二人でしています。二人とも大学の授業や校務もあり、負担が大きいというのが正直なところです。

もう一つは、クラウドファンディングを原資金に、有料販売で継続的発行を可能にしようとしていますので、残念ながら基本的にお金を払ってくれた方にしかアクセスが確保されないことです。学術雑誌としては大きな問題だと思います。

また、それと関わることですが、資金確保のために経費を回収しないといけないので、紙媒体はある程度売れる範囲で発行部数を決めて刷らなければいけないことも、解決は難しいかもしれませんが、問題点としてはあります。

今後の展望
『メディウム』はあくまで一つの実践例ですが、ここから、大きく分けて二つ言えることがあります。どの学術雑誌でも自らの機能や長所短所——短所がない学術雑誌はないと思うんですけれども——を考慮して、投稿体制や査読制度を継続的に見直していくことが重要だと思います。査読体制や投稿規定が長期間固定されたままになっている学術雑誌も多いと思いますが、果たしてそれで大丈夫なのかと、私や梅田さん、創刊時に意見を伺った若手の研究者など、そう思ってる人は少なくありません。

もう一つは、自身の経験に則してなんですけれども、研究者は当然ながら論文の投稿者にもなれば査読者にもなりますが、それに加えて編集者になることも必要だろうと思います。編集者としての仕事自体も重要ですし、編集に携わることによって得られる経験を学術雑誌の体制を検討していくときに活かすことも重要だと考えています。

そのためには、編集者としての仕事が評価される必要もあります。論文よりさらに評価が難しく曖昧になりやすい面はあるとは思うんですけども、編集者としての仕事は雑務として片づけられるようなものではなく、学術的な成果の一部であることをアピールしていく必要があるのではないかと考えています。

発表は以上になります。梅田さんと合わせてお時間をいただき、ありがとうございました。