フルオープンアクセスかつペーパーレスな学会誌・論文誌の発展に向けて ——芸術科学会での事例——

セミナー「挑戦する学術誌」2021/10/29
研究・イノベーション学会 第36回年次学術大会 企画セッション
https://kiyo.cseas.kyoto-u.ac.jp/2022/02/seminar2021-10-29/

講演2
伊藤貴之(お茶の水女子大学 理学部情報科学科 教授)

よろしくお願いいたします。お茶の水女子大学の伊藤貴之と申します。芸術科学会が発行している独立した二つの雑誌、それぞれのISSNを持つ学会誌と論文誌についてご紹介したいと思います。

まず私の経歴ですが、早稲田大学の修士課程を出て、日本IBMの研究員になり、その間に博士号を取得しました。そして、2005年にお茶の水女子大学に赴任して、昨年から理学部情報科学科と兼任で文理融合AI・データサイエンスセンターのセンター長を務めております。専門は計算機科学で、情報可視化、インタラクション、CG(コンピューターグラフィックス)、音楽情報処理、データサイエンス、機械学習支援などに従事しています。

芸術科学会
今日紹介する芸術科学会は、名前は大きいですけども対象はそれほど大きくなくて、主にデジタル作品とそのための技術を扱う学会です。もともとは、CGの作品と技術を扱うNICOGRAPHという会議の母体の学会としてスタートしました。学会名から想像されるとおり、投稿者層の多くは融合領域の方です。たとえば、理工系の学部だけども4年生は卒業論文ではなく卒業制作、作品を作って卒業する人の多い大学であったり、あるいは芸術学部だけどもデジタル作品の制作が主流でプログラミングや電子工作をしている学生が多い大学。そういった理工学部と芸術学部の融合領域を中心に扱っている学会です。2001年に創立して、2013年に法人化しました。学会誌と論文誌を別々にオンラインで出版しているのに加え、年2回の研究集会を開催しています。

私とこの学会の関係ですが、まず、2001年に創立したあとに複数の先輩から同時に声がかかり、初代の論文誌の委員長となりました。また、学会誌の編集にも携わりました。2013年の学会の法人化のときには、私は事務局代表を務めておりまして、司法書士の方と一緒に法人化のプロセスをリードしました。2014年からは2年間、会長を務めておりました。

フルオープンの論文誌
論文誌は2002年の創刊当初から、フルオープン、HTML形式で出版していました。いまでこそオンラインで論文誌を出すのは当たり前になっていますが、20年前には創刊号からオンラインでスタートする学会はかなり珍しかったのではないかと思います。当初から論文はPDFファイルで出していて、動画などの付録を推奨しています。ウェブページをご覧いただくと、カバーシートとPDF論文と動画があるという形式です。20年前からこの形式です。クリックするとこんなふうに動画が出てきて、たとえば研究のサマリーが動画で見られます。論文誌を読むときに、動画を先に見てから論文読むと理解するのが早くていいというような人が使います。学会によっては、動画を付録している論文と付録していない論文で採録率に有意に差があるぐらい、動画をつけるのが重要な意味をなす分野です。

フルオープンで、アクセス制御も一切なく、無料で誰でも閲覧できる状態になっています。紙冊子の出版は一切していませんが、まれに学会が発行した別刷りがないと博士号の授与を認めないという大学があるものですから、別刷りを有料発行するサービスもあります。かつては一年分の論文をCDに焼いて、国会図書館に送付したり、希望者に有償販売したりしていましたが、最近の国会図書館はオンライン学会誌や論文誌の自動収集システムを導入していますのでCDを送る必要がなくなりました。それから、著作権を著者が保持する、つまり学会への著作権譲渡は一切しないというポリシーもこの学会の特徴です。

フルオープンの学会誌
論文誌とは別に学会誌というものも発行しています。学会誌を見ていただくと、50ページぐらいのPDFです。書籍さながらのDTPを経て、電子書籍のようなPDFファイルを公開するかたちを取っています。こちらは2008年、13年前からフルオープンでPDF形式で出しています。これもいまでこそ珍しくありませんが、13年前はずいぶん珍しかったのではないかと思います。研究集会の開催報告ですとか、論文の紹介、特集記事、それから会員が投稿した作品を紹介するなどしています。これもアクセス制御一切なしで、無料で誰でも閲覧できます。紙冊子の出版はなし。著作権は著者が保持して、学会は著作権の譲渡を受けないというスタイルを取っています。

当該研究分野の特殊な現象——オンライン化を加速する要因——
この研究分野の特殊な事情がいくつかあります。まず、主役は動画や音声です。まずビデオで研究概要を見て、そのあとに論文を読む。そういう勉強方法がかなり一般的になっているので、動画、音声が付いている論文のほうが明らかによく読まれます。それから、この研究分野はカンファレンス重視です。ジャーナル重視の分野が多いなか、情報科学やデジタル制作といった分野は例外で、カンファレンスのほうが重視される傾向があります。口頭発表や展示が本番で、学術誌の出版はまるで後処理であるかのような風潮が強い分野です。それから、研究の進化がきわめて高速なので、査読プロセスや紙で出版するための時間を待っていられません。これらの事情が、論文のオンライン化を加速してきました。

なぜペーパーレス、なぜフルオープン
オンライン化は非常にメリットが大きいです。デジタル作品の学会なので紙より画面で見てほしい、自分で操作してほしいという要求を満たせるのに加えて、フルオンラインにしてペーパーレスにすると経費が劇的に削減されます。冊子保管の場所、郵送料、事務局員の通勤、全部不要です。この学会は事務局員もほぼ自宅勤務で運営しています。

それから、フルオープンにして読者が増えることが何よりも著者のメリットになるので、アクセス制限なんかかけないほうがいいだろうと。事務経費が安いので、購読料で収入を得ようなんて考える必要はありません。デジタル作品の発表では著作権を著者に残したい事情もあります。論文を書いてから展示会に出展するといったときに、著作権を学会に譲渡していると、ビデオ撮り直さなきゃいけないといった面倒、不便がでてきます。

当該分野に国内学会誌って必要なの?
この分野に国内の学術誌は要るだろうかと疑問視する方はよくいらっしゃいます。それもそのはずで、メンバーには国内学会より国際学会を主戦場にする人や、海外の人にも読まれる場所に論文を投稿したい人が多いです。私も海外の共同研究者が多くて国際共著論文も多いですし、研究室の学生もコロナ禍前はみんな短期留学していたので海外共著論文が多くありました。また、原田先生の話にもありましたが、研究者評価や組織評価では国際論文が重視されやすい傾向にあります。この学会も予稿集の一つをIEEEという海外の学会から出版しています。この分野の人たちは、日本の学会には学術誌以上に集会を求める傾向があります。世界的にカンファレンス重視の分野であることと、やはりデジタル作品なので展示してなんぼ、触れてなんぼという発想があるからです。

国内学術誌=裾野を広げる役割
これだけの事情がありながら国内で出版する学術誌は何を目的にすればいいのか、つねに議論になるところです。ここからは、学会の総意ではなく、僕の個人的な見解をいくつか述べます。国内学術誌に何を求めるかですが、一つは読者層の裾野を広げることです。高校生や学部生や専門職に就かない人、そういう研究者じゃない人が読んでくれるような分野であってほしいということです。とくにデジタル作品は日常的に目にするようなものが多いので、高校生や学部生でも興味を持つ分野です。日本語で、ペーパーレスで、フルオープンだから読者層の裾野を広げられるのは、メリットが非常に大きいということになります。

それから、投稿者層の裾野を広げることです。この分野の特徴として、ほとんどの学生が学部卒で就職するにもかかわらず、大学教員は論文を書かないと出世できないといった事情を抱えている大学がたくさんあります。学部卒で就職する学生でも投稿できるようなフレンドリーな学術誌が必要です。これは、日本特有の事情だと思います。ほかの国で学部卒論や学部卒業制作が必修科目になっている人が大半を占める大学なんてまれで、日本特有の事情だと考えています。それから、この分野は非研究職の企業人も結構、論文を書く分野なので、そういう意味で裾野を広げるのは重要な考え方だと思っています。それから、伝統的な学術誌に投稿しにくい研究成果を受けつけるということもあると思います。

これらのことを考えると、トップレベルを目指すというよりは、学術研究の講読や投稿によってキャリアアップする経験を多様な人に広げ、業界の裾野を広げるために国内での出版を重視するのが我々の考え方だと思っています。僕の私見ですけども、おそらく同業の多くの人はそう考えているだろうと思います。業界事情に合わせて、どんどん学会誌をバージョンアップしていければいいのではと考えています。

国内学会誌に関する願望
最後に僕の妄想ですけども、伝統的な国際誌にできることは国際誌に任せて、日本ならではのことを国内学術誌でやっていこうと。日本語であり続ける必然性のある分野はもちろん日本語でどんどん出版していくべきだと思いますし、我々のように学部卒で就職する人が大半を占める大学でも論文を出さなければならないという特有な事情と整合していく学術誌が必要な人がたくさんいますので、そういうニーズに寄り添った出版をしていきたいと。先ほど申し上げたとおり、学問に携わる人の裾野も広げたい。

伝統的な雑誌にはできないような斬新な取り組み、実験的な取り組み、振り切った取り組みができないかと考えています。まったくの個人的な妄想ですけども、学会誌の一部をYouTubeチャンネルにして学会誌そのものを動画にしてしまうとか、VR空間で見せるとか。芸術系の方は文章を書くより、デザインすることのほうが好きという人も多いので、論文の書式をパワーポイントやIllustratorで作るとか。あるいは、北田先生が話されたプレレジpre-registrationとも共通しますけども、プレプリントを学会公認で出版してから査読をして、査読を通ったら昇格するというふうに、時代の流れに合わせて、査読なしの段階からどんどん出版するっていう考え方を導入するとか。こんなワイルドアイデアをどんどん打ち出して、身軽な学会運営ができたら面白いのではないかなと個人的には考えております。

天野—伊藤さん、どうもありがとうございました。私から一つだけ事実確認です。J-STAGEには登録されていますか?

伊藤—J-STAGEには登録しましたが、途中で挫折しました。何号かまでJ-STAGEに載っていますけど、そのあと更新が止まっています。

原田—編集業務は誰が担当されていますか?

伊藤—教員は基本的に査読だけをやっています。採録決定後の出版作業は、基本的に事務員がやっています。