研究者、研究機関の評価対象としての論文

セミナー「挑戦する学術誌」2021/10/29
研究・イノベーション学会 第36回年次学術大会 企画セッション
https://kiyo.cseas.kyoto-u.ac.jp/2022/02/seminar2021-10-29/

背景説明
原田隆(東京工業大学 主任リサーチ・アドミニストレーター)

よろしくお願いいたします。東京工業大学の原田でございます。この企画セッションは、昨年度に紀要に関するセッションをした、その続きでございます。

そもそもの問題意識は、いわゆる「ジャーナル駆動型リサーチ」 、つまり著名な国際ジャーナルに載せることを目指して掲載されやすい研究テーマ、手法による研究が行われる中、国内学会誌はどうあるべきかということでした。さらに、昨年度のセッション運営関係者や学会幹事の方々と議論するうちに、学術コミュニケーションの多様性、インパクトの多元性を考えていきたい、そして今回紹介する三つの事例のように、健全な学術発展のために独自の取り組みに手弁当で挑戦する研究者がいることをぜひ皆様に知っていただきたいという話になり、このセッションを企画しました。

論文——研究評価の対象としての重要性——
そもそもなぜ、論文が評価の対象になっているのか。本学の大隅良典栄誉教授が「論文発表は科学者にとってもっとも重要で困難な仕事である」 と言っているように、研究成果を論文にまとめて公表することは研究者の社会的使命であることは研究者ならばみんな共通して持っている認識だと思います。これまでも、いまも、これからも、いい論文を書く研究者は優れた研究者であるということ、優れた研究者がいる研究所や大学は優れた研究機関であるということは、研究者コミュニティもしくは社会的な合意が取れているといっていいでしょう。それがすべてでないにしろ、論文によって研究力を評価する、研究者や研究機関を評価するというのは、わりと自然なことだと私は考えております。

論文による評価の現状——順位付けの指標にされる論文——
ただ、非常に大きな最近の問題として、論文を軸とした評価が純粋に研究業績を評価するものじゃなくなってきたんじゃないかと危機感を持って現状を認識しています。背景の一つは、学術分野でのグローバル競争の激化です。インターネットの普及もあり、つねに各大学、各研究者がグローバルに各分野でしのぎを削っています。もう一つは、学術研究と社会との関係の変容です。たとえば「科学技術基本計画」が「科学技術・イノベーション基本計画」に変わったように、単純に学術的な知のフロンティアを広げるだけではなく、産業競争力に貢献する、SDGsに近づくような社会的なインパクトを与えるなど、大学および研究者に求められる役割が変容、多層化しています。

一方で、限られたリソースをどの程度、どの研究機関、研究者に投入していくかを(国、ファンディング・エージェンシー、または大学経営陣)が決定する際、どうしても比較して順位をつけなきゃならない。いくつが指標が存在はしている、考えることはできます、その中で論文には長い歴史があり、研究力を評価する指標としての安定性がある。そして、インパクトファクター、発表数、引用数など量何らかのかたちで数値化できるという測定可能性も満たしている。研究者の能力評価としての論文の重要性について社会的な合意も取れている。さらに、どんな分野であっても、少なくともジャーナルがあり、ジャーナルがランク付けされているという共通性がある。データベース等で論文の所在が確認でき、どういう根拠でこういう順番になったか、スコアになったかも検証可能です。現時点で共通の指標としての条件を満たしているのは、いまのところ論文しかない。

大学の実績評価の指標——Web of Science収録論文——
学術分野の競争が激化し、求められる役割も大きくなっている現状は「研究力を高く評価してもらうためには評価される論文をたくさん発表しなくてはならない」というプレッシャーを大学や研究者に与えており、それは年々大きくなっています。ここでは大学の実績評価として二つ事例を挙げます。

一つ目は国立大学の運営費交付金の配分です。ご存じのとおり、国立大学は世界水準型、特定分野型、地域貢献型の三つに分類されて、それぞれの大学が目標を設定して、それらに対する達成度で評価されて、運営費交付金の配分が増えたり減ったりします。たとえば、東京工業大学は世界水準型に分類され、三つの分野で目標を設定しています。その一つとして、世界の研究ハブを実現するとしており、指標が三つあります。そのうち二つが論文に関するものです。まず、常勤教員一人当たりの1年間の論文数の平均。それからTop10%論文の割合、これは全部の論文のなかで、Top10%論文 がどれだけの割合を占めるかです。そして重要なのは、この評価にはInCites(インサイツ)を使う、すなわちWeb of Scienceに掲載されている論文を前提にしているということです。つまり、東工大のなかで業績とは、Web of Scienceに載っている論文ということになります。もう一つ違う分類、特定分野型、東京海洋大学の例です。戦略目標を三つ挙げているなかに、海洋科学技術研究の中核的拠点を目指すというのがあります。その指標が四つあるうちの一つとして、Web of Scienceに収められている論文に占める国際共著論文の比率を挙げています。そういう意味で、東京海洋大学でも機関としての評価指標として、Web of Scienceの論文が非常に重要になっています。

各大学の業績評価項目は教員の業績評価、採用にも影響します。国立大学でポストを得て、パーマネントを取ろうとすると、もしくは転職に有利になるようにしようとすると、機関の業績、自分の業績につながる特定の国際ジャーナルに論文を投稿するという行動を取らざるを得ない現状があります。それ国際的にインパクトを与えるかたちで研究成果を発表することを目指すことは研究者として当然ですがアプローチが似てしまう、研究テーマがホットイシューに絞られていくなどの問題点が指摘されています。

大学の実績評価の例の二つ目は、研究力強化促進事業です。これはURAが雇用されている財源の一つですが、評価項目が全部で九つあり、そのうち「国際的な研究創出の状況」を見ますと、Top10%論文を増やす、国際共著論文を増やすという二つの指標があります。それがURAの実績になるため、URAもトップジャーナルに掲載されるような研究を重点的に支援する傾向があります。Web of Scienceは全分野の情報を収録しているわけではない中で、それをベースに支援する教員を選択することもあるかもしれません。

問題提起——よい論文とは? 論文指標で見えるところだけでいいのか?——
今回のセッションの根底にある問題意識は「よい論文ってどんな論文?」です。皆さんに共通する認識じゃないでしょうか。たくさん読まれている論文がいい論文か、たくさん引用されている論文がいい論文か、つねに考えていると思います。

それから、論文指標で「見えるところだけで評価することは学術研究の推進を阻害していないか?」です。いろいろな問題がありながら、計量化できる、伝統がある、指標が確立されている論文による評価が中心のままでいいのでしょうか。

独自の活動をされている学術誌の紹介を通じて、ぜひ皆さんと研究の評価、日本の学術誌のあり方などについて議論していきたいと思っています。